.

おみやげに最適

ピエロ型の販売形態 part.2

明治製菓の社史によると、「ピコタン」が発売されたのは、昭和49年(1974年)9月1日。

菓子屋の店頭で品薄になったり、パチモンが大量に出回ったり、大流行した。

.

実はこの人間型ブロックは、ピコタンよりも数年前に、

藤田屋商店というメーカーから発売されていたことがわかった。

「玩具商報」昭和44年1月1日号には「ブロックボーイ」、同誌の昭和44年8月15日号には「ピンキーブロック」という新製品紹介が出ている。
.
玩具商報(昭和44年1月1日号)より引用 玩具商報(昭和44年8月15日号)より引用

.

ピエロの顔と胴太の形態から、「ピエロ型」と命名した。

左からA型、B型

ピエロの顔を持った物には2種類有る。

太い唇があり、首と手足にフリルがあるA型と、より簡略化したB型である。

.

昭和44年1月に先行して販売された「ブロックボーイ」を入手したところ、入っていたのはA型のほうであった。

下は中身

入手した物は誌面の写真より大きい箱のようであるが、このようなバリエーションも発売されたもののようである。

.

「ピンキーブロック」という商品名で発売されたものにも、このA型が入っているものが見つかった。

.

昭和44年8月の誌面の写真と並べると同じ物であると思われる。

ケースの中に入っていた説明書も、誌面にあったものと同じと見られる。

.

.

ピエロ型A型は、他にも、厚紙に2個ずつ袋詰めされた販売形態も見られた。

台紙とされている厚紙は、別の商品(コンテナカー)のパッケージの一部であった。

他にもプラスチックの手裏剣や鉄砲等の駄玩具も一緒にみつかっている。

在庫処分か、籤のはずれ等として作られたものではないかと考えられる。

.

同じ「ピンキーブロック」の名前で、小台紙に載せられて販売されていたものも見つかった。

袋から出た状態で見つかったので台座は欠品している可能性がある。

簡略化された顔のB型が、6色各2個ずつの12個が一緒に見つかった。

小台紙に書かれた組み立て方は、上掲のケースの中に入っていた説明書の抜粋になっている。

.

現在までに見つかったピエロ型の数としては、簡易版のB型のほうが多い。

これはパッケージに入った状態ではなく、他の種類と一緒に見つかる場合が多かったことによる。

右列がピエロB型、中央列上がピエロF型

例えば上の写真ではB型が45個が見つかった。

中央列のものは別種で、スマイル顔になってるが、首と足のフリルは無くB型をもとに作られた派生品であると思われる。

ピエロ型F型(スマイル)

ブロックボーイよりも後発のピンキーブロックの名称で販売されていたこと、

派生品が見つかっていることから、A型よりも簡略化されたB型のほうが新しいタイプであると考えられる。

.

と、ここまでが復習。

ここからは、最近発見されたB型の販売形態を3種、御紹介しよう。

.

先にも紹介した、「ピンキーブロック」と書かれた小台紙の袋入りが大量に発見された。

以前見つかった小台紙と同じ物で、緑・黄色・赤の3色が各4個、合計で12個、白い台座1個が入っている。

ピエロのイラストと、藤田屋商店のロゴマークが入っている。

台紙の一部を折り曲げることで袋の口を押さえ、ホチキス留めされている。

タグ部分のまん中に大きめのホチキスで止めた後が見つかった。

このことから、他の駄玩具同様、大きな台紙に1ダース程度を大きなホチキスで止めて、

子供が一つ一つ毟って買って行く形で売られていた物と思われる。

残念ながら大きな台紙は入手できなかった。

しかし、以前見つかったものの中には、同社の他の駄玩具のパッケージや、他社のお菓子のパッケージなど、

厚紙ならなんでもOKで流用されていた例があるので、ピンキーブロック専用の台紙は無かったのかも知れない。

.

次に、ビニールケースに入った、いかにもお土産屋にあるようなセットが発見された。

温泉街のお土産屋の店頭。それもワイヤーラックの下の方の段に、

ゼンマイで走るヘリコプター型の玩具とか、恐竜のゴム人形なんかといっしょに並んでそうな感じのブツである。

値段は300〜400円程度であろうか。

おばあちゃんに買ってもらって、帰りの電車の中でポロポロこぼして怒られるにはぴったりの逸品である。

中身は6色で合計38個、台座2個の計40個であった。

ケースの中には、説明書が折り畳んで入れてある。
内容は昭和44年の誌面と同じ内容であるが、左上方にSTマークが入っているのが違っている。

社団法人 日本玩具協会のホームページによると、「1971年(昭和46) 10月 玩具安全対策事業(STマーク制度)発足」とあるので、

このケース入りは少なくとも発売から2年経って、ピコタンの発売に先立つこと3年前にはあったことがわかる。

お菓子のオマケと違って、(駄)玩具メーカーの商品なので商品の寿命は短く無いと思われるが、

ピンキーブロックが様々な販売形態で、2〜3年は作られ続けたことがわかった。

STマークに関して、日本玩具協会に問い合わせたところ、数字の4桁目が和歴の下1桁を表すことがわかった。

このピンキーブロックは昭和50(1975)年に発売されたことになる。

ピンキーブロックの発売が昭和44年(1969)年なので、5年間も継続して販売され続けていたことがわかった。

.

最後にもう一点。

これもいかにもお土産感あふれるピンキーブロックを紹介したい。

商品名は、これもまたピンキーブロックである。

温泉街のお土産屋の店頭で、梁に架けられたフックに状差しなんかといっしょにかかってそうなブツである。

値段はちょっと高めの500円の値札がついている。

おじいちゃんに買ってもらって、帰りの電車の中でケースを開けた途端にぶちまけて怒られるにはぴったりの逸品である。

タグ付き袋に入った、プラケース入りである。フタはプラスチックだが、箱は紙製である。

箱の中には藤田屋商店のロゴマークとピンキーブロックと言う商品名がかかれた帯が入っている。

中身は、リアルなピエロ顔のA型であった。

色は、青・白・黄色・赤・ピンクの5色で、青16、白21、黄色8、赤12、ピンク8の計65個と、台座が2個であった。

バリはほとんどなく、B型と同じメーカーで作ったとは思えないようなハイクオリティな出来である。

タグは「TOY おみやげ」の文字が有り、男の子と女の子と、犬のイラストが描かれている。

これは男児・女児どちらにも対応したお土産玩具用の共用タグであるであると思われる。

中央部には穴が開いておりビニール紐が通っていて、軒先きにぶら下げて展示できるようになっている。

タグの右下には「株式会社 クラウン」の文字がある。

製造は藤田屋商店で、それをお土産玩具を販売しているクラウンが仕入れて共通のタグをつけて販売していたと思われる。

クラウンといえば、明治合体チョコボールのパチモンでE型と分類した「ドッキングステーション」という駄玩具の

台紙に王冠のロゴがあった。この台紙も男女共用だったので、これと関係があるかもしれない。

この点については、一層の研究がひつようである。

箱の裏には説明書が入っていた。

説明書にSTマークはなかった。

.

ピエロ型は、実はピコタンよりも歴史の有るオリジナル駄玩具であることを知ってから注意して探してきたが、

「ピンキーブロック」という名称で様々に展開されていたことが明らかになった。

プラケースやビニールケース等、いかにもお土産屋の店先にありそうなアイテムを見つけるにつけ、

これらの駄玩具が並んだ温泉街の土産屋の店先の光景が目に浮かんで懐かしく思った。

デッドストックとして入手しているので、これらを買ってもらった子供はいなかったわけだが、

300円、500円といった高めな設定の値札を見ながら、

ねだるにねだれず、悔しいような悲しいような見つめていた、ちょっと年上のにいちゃん達に共感を感じてしまう。

あー、あのとき、新幹線が通っていない湯沢の駅前のお土産屋で、こんなの売ってたら、

大人になっても忘れないくらい、欲しいと思ったろうなぁ・・・。

.

まぁ、30年以上経って、今さら手に入れて、

ためつすがめつしてるのは、いかがなものかと。

思いますよ、自分でも。((((^^;)

..

一切の内容の無断転載、流用を禁止する。

戻る