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自由すぎる発想で

飛行機型パチピコ「ヒコーキマン」

戦前のグリコのキャラメルを初めとして、お菓子にオマケをつけて販売促進を図ることは良く行われてきた。

その際にマンガやアニメのキャラクターを起用することは一層効果的で、

戦前ののらくろを使った各種の商品から、戦後の手塚マンガ、その後のアニメ作品に至るまで、その例は多い。

しかし、キャラクター自体に販促効果があることが認識されると、キャラクターの版権使用料が高額になり、

商品単価を上げることが難しい子供向けの菓子のノベルティは、キャラクターの使用に頼らない魅力を独自開発する必要に迫られた。

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キャラクターを使わずに魅力あるオマケを作る。

その課題に対して様々な回答が、各メーカーから出された。

中でも明治製菓の「ピコタン」は、集めて繋げることでいくらでも欲しくなるという魅力を付加することができた最初の商品となった。

Meiji SWEETS GUIDE No.12

ピコタンの販売は1974年であった。

発売とともに大ヒットし、後に社史に特記される人気商品となった。

「明治製菓の歩み 買う気で作って60年」より引用

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繋げるオマケであるピコタンの発売当初の事情を示す資料がある。

ノベルティーズ製作ヒント集 おまけの玩具(おもちゃ)」というノベルティのアイデアをまとめた書籍に、「つなぎ人形」として紹介されている。

「ノベルティーズ製作ヒント集 おまけの玩具(おもちゃ)」より引用

著者である浅山守一氏は、たこちゅうやカメタンといった、この当時のキャラクターに頼らないノベルティを多数制作した。

お菓子のオマケの業界に深く係っていた著者が、「このオマケができるまでは繋ぐことに重点をおいたオマケがなかった」という記述は正確と思われる。

続いて「このピコタンのオマケが、<集めて繋ぐ>オマケのパターンをつくった先駆者かもしれない。」とある。

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余談だが、この人間型のブロックのアイデアは、ピコタンよりも前に外国で作られたらしく、

販売用の玩具として5年も前に先行して作られていたことがわかっている。

ピエロの顔に左右で違う模様の胴体が特長で、ピエロ型と命名した。

左からA型、B型

.玩具商報(昭和44年1月1日号)より引用

.玩具商報(昭和44年8月15日号)より引用

藤田屋商店はドイツのホビーショーでこのアイデアを見つけ、日本の代理店にロイヤリティを払って製造していた。

その後、ロイヤリティの支払先が無くなってしまったところ、明治製菓の関係者から問い合わせを受けたという。

国内での意匠権が曖昧になっていたところで、このアイデアを洗練し「ピコタン」に作り上げたらしい。

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繋げて楽しむため、数が多くなればなる程できることが増えるピコタンは、大人気を博し、

発売当初は品薄になり、駄玩具屋には多くのパチモンが並んだ。

ピコタンのパチモンに関しては「ピコタン大図鑑」を、それぞれ参照されたい。

各種のパチモンの販売形態パチモンピコタンパッケージ一覧を参照されたい。

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大ヒットした「ピコタン」だが、1年程で人気は落ちてきたらしく、

「どうぶつピコタン」や「運動会ピコタン」といった、新バージョンを投入したことがわかっている。

先の「ノベルティーズ製作ヒント集 おまけの玩具(おもちゃ)」には、

「大ヒットした商品は、二番煎じがきかないというが、パート2、パート3と、動物などの形をした人形が出されたが、

あまりぱっとしなかったようである。」と書かれている。

「明治製菓の歩み 買う気でつくって60年」より(1976)

「明治製菓の歩み 創業から70年」より(1986)

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大ヒットした第一弾の人間型ピコタンほどではないが、どうぶつバージョンでもパチモンが作られたことがわかっている。

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「どうぶつピコタン」はかなり自由な造形だが、パチモンはそれを新規の型で模倣したもので、

出来はあまり良いとは言えない。

上段が純正、下段がマークの無いパチモン

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他にも、足のつま先状の突起と胴体の穴で繋げるというピコタンのジョイント機構を利用した駄玩具が見つかっている。

この駄玩具は、ピコタンよりも大きく互換性がない。

繋がるというギミックを利用した新しいデザインの駄玩具であると言える。

第三弾の運動会ピコタンは、さすがに人気が衰えたためか、パチモンが見つかっていない。

多少関連があるかと思われる駄玩具としては、ピコタンよりも前にあったピエロ型ブロックに、スポーツの柄のものがあるのが確認された。

ピエロ型スポーツ。左からキャッチャー、ヤキュウ

ピエロ型スポーツ。左からキャッチャー、ヤキュウ

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キャラクターを使いにくくなったお菓子のノベルティは、様々なギミックでコレクションされるように工夫された。

その中で、繋げることで楽しむオマケの嚆矢として、明治製菓のピコタンが生まれた。

大人気を博したピコタンは、駄玩具業者によってパチモンが作られた。

しかし、子供相手のノベルティのこと。時が経てば程なくして人気も衰えてくることになった。

そこで、どうぶつピコタンや運動会ピコタンといった新バージョンが投入されることになった。

二番煎じの新バージョンは、起死回生のヒットとはならなかったが、多少のパチモンが作られた。

・・・と、ここまでをまとめると、こんな感じになる。

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で、ここからが本題なのだが。

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某クションで、珍しいパチモンを見つけた。

右側の大きなものは以前にも見かけたことがあるもので、チョコレートの持ち手になっていたと聞いた記憶がある。

商品名や販売形態は不明であるが、他のパチモンに混じって度々発見されている。

左側の飛行機のようなパチモンは、以前某クションで見かけたことはあったが、今回初めて実物を手にすることができた。

上面は空冷エンジンのカウリングのような突起の先端に、2枚プロペラの様に上下にジョイントが伸びている。

主翼を思わせる長い腕部が続き、胴体は後方に向って細くなっており、

後端には水平尾翼のような形の足がついている。

ピコタンにあるようなつま先の突起は見られず、最後端の凹部の上方に、まるで垂直尾翼のように突起が出ている。

胴体にある3個の穴は、プロペラ状の突起と垂直尾翼様の突起をはめることができる。

腕部先端の丸い部分は直径がやや大きく、腕同士を接合することは困難である。

側面から見ると、前端のプロペラ様の突起と、後方の垂直尾翼的な突起が、プロペラ機のようなイメージを強く感じさせる。

今回は黄色と白が見つかったが、以前見た他の出品ではブルーやピンク等の他の色もあった様に記憶する。

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このパチモンの興味深いところは、飛行機と言う純正にはないモチーフを用い、突起を印象的にデザインすることで

オリジナルのパチモンを作出している点であると言える。

胴体の穴と上下端の突起、腕部と脇の凹部の組み合わせで合体させるという、ピコタンの特長を生かしながら、

人間でも動物でも、スポーツでもない、飛行機というモチーフを独自に持ってきているところが、

他のパチモンにないオリジナリティを生んでいる。

販売形態は不明だが、ガチャガチャのカプセルでも、タグ付き袋入りでも、沢山集めて

飛行場の様にズラリと並べてみたくなる魅力的な形状を持っている。

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で、真実を求める気持ちが強いと、答えがポロッと見つかるものである。

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某クションで、飛行機型のデッドストックを発見した。

商品名は「ヒコーキマン」。

タグ付き袋入りの状態で見つかった。

タグを留める通常サイズのホチキスと、大台紙に固定するための大型のホチキスが残っていた。

色は緑、紺、白、黄色、赤の5種類で、各5個の25個入りであった。

タグは、表裏同じで、商品名が書かれている、

青い地に赤文字で白影が付いている。この配色はピコタンや明治合体チョコボール等のパチモンでは良く見られる。

大台紙がなかったのでメーカー等については不明であるが、他のパチモンと同じ様に大台紙にタグ付き袋入りで売られていたことがわかる。

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このサイトが出来てから、この飛行機型のパチモンを何度か見かけたが、

商品名のわかるデッドストック状態のものはついぞ見かけることがなかった。

今回のヒコーキマンのデッドストックを無事落手したことに大きな喜びを禁じない。
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外国で生まれた人間型ブロックのデザインを洗練させ、大流行した明治製菓の「ピコタン」の流行から、

合体機能を生かしながらも全く違う発想で、飛行機型というオリジナルのパチモンともいうべきデザインが出来上がった。

このあたりのデザインの独自進歩は、昭和という時代の、意匠権等の権利関係がまだ多少は緩かった時代だからこそ見られるものである。

デザインがカネを生むことが自明の事となり、なんでもかんでも権利に結びつく今の世ではなかなかできることではない。

権利関係を気にし過ぎるあまり、デザインの進化が疎外されているのではないかとも考えられる。

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とか言っても、もう40年も前のパチモンの話ですからねぇ。

デザインがどうのとか、権利関係がどうのとか。

・・・今さら別にどうでもいいことなんですがね。

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今回のパチモンの入手にあたり、T女史の手を煩わせた。毎度の事だが感謝に堪えない。

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